どこかに別に一人の「人間の専門家」がいて患者の「人間」を引き受けてくれるから各職種は自分の専門技術に専念すればいいなどと考えるのは許し難いことです。
医者の場合でも「どんな病気をもった人間であるか」を考えるよりも「どんな人間が病気になったか」を考える方が重要だといった、一〇〇年前のオスラの言葉を思い出す必要があるように思われます。
になるとハベの血液循環の画期的な研究にも、動物における観察と実験とが大きく貢献しました。
しかし動物実験が医学研究の強力な、そして信頼性の高い方法として広く受け入れられるに至ったのは十九世紀になってからで、マジャンディとことにその弟子クロドベルナル以来のことと考えていいでしょう。
動物実験は十九世紀末になると多くの研究者によって広範な分野に利用され、近代医学の形成に大きな役割を演じましたが、ことに新しく展開された細菌学や免疫学の場合では、他の方法をもってしては、到底得がたい見事な成果をおさめたといっていいでしょう。
医学はいうまでもなく人間のためのものですから、人間からの直接情報にもとづいて組み立てられることが最も望ましいには違いありませんが、人間というのは一人一人かけがえのない存在ですから、一人の人間を他の多くの人間の利益のためにほしいままに利用して、実験を試みることがはばかられます。
モルモットやイヌを対象とする動物実験についてさえ、動物愛護協会の人たちの根強い反対運動があるのです。
一定の限定された条件の下で人間における実験的試みが許される場合がありますが、それには倫理的な、そして方法論的な強い制約をまぬがれませんから、相当の不自由を覚悟しなくてはなりません。
一般的には直接人間を対象とした医学研究は偶然、診察室や病床で出会う、条件や背景をそれぞれ異にする千差万別の患者の、いわば受け身の観察に主として頼らなくてはなりません。
「医学はすべて観察である」(ヒポクラテス)という言葉もありますが、バラツキそのものである個の人間の偶然的な観察から普遍的な真実ないし法則を引き出すのは、本来たやすいことではないのです。
たとえば、ある病気にある治療法が有効であるかどうかを知ろうとして、一人病気にその治療法がいつでも、あるいはしばしば効果があるものだと決めてかかるわけにはいきません。
次に出会った患者には効かないかもしれませんし、第五例までは都合よく効いても第六例以後は全く効かないということになるかもしれません。
また、その治療法で治ったように見えた患者に、その治療法を施さなければ絶対に治らなかったと結論する根拠もないわけです。
以前に見た同じような患者は別の治療法で治らなかったのだから今度の患者が治ったのはその治療法のせいだ、と簡単に決めてかかるわけにもいきません。
「同じような」といったって一人一人顔がちがう人間の集まりなのですから、病気が治ることにかかわるすべての条件を等しくしているという保証は全く存在しないはずです。
その上すべての病気、あるいは患者には自然の経過もともと存在するのです。
ある治療法を施したあとである一人の患者の病気が治ったという観察それ自身はまちがっていなくても、その治療によって治ったという結論はたやすくは得られないのです。
これに反し動物実験の場合は、性・年齢をそろえるだけでなく病気に対する抵抗力特性を等しくする動物を必要な数だけ取り揃えることができますし、それらの動物に質的にも量的にもほぼ等しい病変を人工的に作り出すこともできないわけではありません。
さらに、そうして作り上げた病気の経過の一定の時期に、いろいろに条件を変えた治療法を自由に試みることができます。
つまり、研究目標に見合った思いのままの実験計画を立てることができますから、大変歯切れの良い、そして再現性の高い結論を引き出すことを期待できます。
その上、人間の患者の場合は患者の安全・利益を第一に考えなくてはなりませんから、隠された真実や法則を探るという研究目的のためにことさらに苛酷な条件を被検者に強いるわけにはいきませんが、動物実験の場合はできるだけ明確な情報を引き出すために、どれほど手荒な思い切った実験条件でも設定することが許されます。
必要なら、いつでも頭をコツンと打って殺し、臓器を調べることもできます。
診療のわずかな隙間をぬってチラリと研究的な視線を投げかけ、事実の小さい断片を素早く拾い集めて根気よくつなぎ合わせる作業に比べると、動物実験は段違いに能率的な研究法であることはいうまでもないのです。
したがって、組織的な動物実験の導入と普及が十九世紀以来の現代医学の飛躍的な発展の最も強力なスプリングボドであったことは否定しようがありません。
昔はよく「モルモット博士」という言葉が非難の意味で使われました。
医学博士という肩書で患者を集めているが、実はその博士号は人間と関係のないモルモッ。
トの研究でもらったものだ、という批判なのでしょう。
しかし、モルモットを研究したからこそ人間の医学が進歩したのであって、「人間」に固執していたとしたら、今日の人類はこれほどの医学の恩恵を享受することができなかったことは確かです。
昔は医学を研究するためには(つまり医学博士になるためには)、解剖学とか生理学とか病理学とかの基礎医学教室に通い、さかんにモルモットやネズミを殺したものです。
そうしなければ、当時の考えではまともな医学研究が困難だったのです。
そのうち内科とか外科とかの臨床医学教室でも博士論文がつくられるようになりましたが、それはかつての基礎医学教室での研究を臨床医学教室に持ちこんだような形で、やはり取り組みやすく、あいまいさの少ない、つまりキレイな研究結果を引き出すことのできる動物実験が主として行われた期間が長くつづいたのです。
一〇年ぐらい前までは、代表的な臨床医学会である日本内科学会の演題の六割は動物実験を扱ったものでした(現在は学会側か制約を設けていますから、演題の色合いが大分変わりましたが)。
このような動物実験の尊重、重視それ自身は決しテーマちがったことではありません。
あてはまるかどうかを慎重に検証するという手続きを踏むことなしに、患者の日常診療すなわち臨床の場にいきなり横すべりさせることです。
動物から得られた精密で再現性の高い情報は、それほど精密でもなく再現性も確かめにくい人間からの直接情報と一致するとき、あるいは少なくとも両者が矛盾しないことが確かめられた場合だけ、臨床の場で利用することが許されるべきものなのです。
人間は動物の一種には違いありませんが、他の動物ではないからこそ人間なのです。
詳しく論ずる余裕はありませんが、一定の病気の原因に対するいろいろな動物の反応は必ずしも同じではありません。
人間の場合に比較的似た反応が期待できるのは、細菌によって引き起こされる感染症や、内分泌腺の障害によって起こる疾病などですが、人工的に動物に作ったいろいろな疾病モデルは、人間に自然に起こる病気とは完全には一致しない場合がむしろ多いでしょう。
近ごろ高血圧や糖尿病や癌についてすぐれた動物モデルが作られ、研究に大変役立っていますが、それでも複雑な、人間の高血圧患者や糖尿病患者や癌患者についての完全な情報をこれらから期待することはできません。
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